世界5.8万コート パデル拡大の事業機会
ガラス壁に囲まれたコートで戦うスペイン発の競技パデルは、欧州から中東・米州・アジアへと投資を波及させ、世界のコート数を約58,300面まで押し上げました。2028年には91,000面への拡大が見込まれます。本稿ではパデル市場の現況と、コート施設事業としての収益構造を分析し、日本での立ち上げに向けた事業機会と論点を整理します。
世界で加速するパデルコートの急増
パデルは、テニスとスカッシュの要素を併せ持つラケットスポーツです。ガラスと金網に囲まれた縦20メートル・横10メートルほどのコートで、壁の反射を使いながらダブルスで戦います。サーブが下手打ちに限定されるなど競技の難度が抑えられており、初心者でも短時間でラリーを楽しめる点が世界的な普及を後押ししてきました。
業界レポートによれば、世界のパデルコートは2026年時点で約58,300面、クラブ数は約2万、プレーヤーは1,940万人に達しています。2025年単年だけでも新設クラブは約5,000、新設コートは約8,000面にのぼり、過去最大級の拡張を記録しました。こうした勢いは今後も続くと見られ、2028年には世界のコート数が91,000面へ拡大すると予測されています。
コート数の増加は、単なる施設の数の問題にとどまりません。近隣にコートが増えることでプレー機会が身近になり、新規参加者の流入と既存プレーヤーの利用頻度向上を同時に生み出します。施設の密度が需要を呼び、需要がさらなる施設投資を促すという好循環が、パデル市場の急拡大を支えているのです。
欧州から世界へ広がる投資マップ
パデルの中心地は、長らくスペインをはじめとする欧州の成熟市場でした。スペインでは日常的なレジャーとして深く定着し、クラブ運営や用品供給、大会興行を含む産業基盤が確立しています。この成熟市場で培われたビジネスモデルが、いま世界各地へと輸出されています。
近年とくに投資が加速しているのが中東です。潤沢な資本と大型スポーツ施設への投資意欲を背景に、国際大会の誘致や旗艦クラブの建設が進んでいます。米州では米国が有望市場として注目され、年間で約250クラブ・約330面が新設されるなど、新興市場としての立ち上がりが鮮明になっています。業界では米国を、普及率がまだ低い一方で人口規模と可処分所得の大きい「原石市場」と位置づけています。
アジアもまた、次の成長フロンティアとして注目を集めています。都市部の人口密度が高く、限られた敷地で成立するパデルコートは、アジアの都市環境と親和性が高いと考えられます。欧州の成熟市場で確立されたモデルが、地域ごとの市場ステージに応じて調整されながら世界へ広がっている点が、現在のパデル市場の構図です。
コート数の拡大は、周辺の用品市場をも押し上げています。世界のパデル用品市場は2019年以降、年平均34%という高い成長を続けており、パドルの素材やボール、シューズなどの需要が右肩上がりに伸びています。施設の増加が用品需要を生み、用品メーカーの参入が競技の裾野をさらに広げるという構造は、ピックルボールと共通する成長のメカニズムです。地域ごとに立ち上がりの時期は異なるものの、施設・用品・コミュニティが連動して市場を拡大させる基本構造は世界共通と言えます。
施設ビジネスとしての収益構造
パデル事業を検討するうえで最も重要なのは、コート施設を一つの収益事業として捉える視点です。収益の中核をなすのは、会員料金と時間貸しのコート利用料です。ダブルス前提の競技であるため一面あたりの同時利用者が多く、稼働率を高めれば安定した収入源となります。次の図は、パデルコート施設における収益源の構成イメージを示したものです。
利用料に加えて、スクールやレッスンは重要な収益の柱です。初心者が多い立ち上がり期には、指導プログラムが新規顧客の獲得と定着に直結します。さらに、大会やイベントの開催はコミュニティを活性化させ、法人向けの貸切需要や物販・飲食といった付随収益を生み出します。これらを組み合わせることで、天候や季節による稼働の変動を平準化しやすくなります。
コスト面では、コート建設に伴う初期投資が大きな比重を占めます。ガラスパネルや人工芝、照明設備などの調達・施工費に加え、屋内型か屋外型かによって投資規模は大きく変わります。遊休倉庫や商業施設の空きスペースを転用することで初期投資を抑える手法も広がっており、立地と施設形態の選択が事業採算を左右する最大の変数となります。
採算を見極めるうえで鍵となるのが、コートの稼働率です。平日昼間の空き時間をいかに埋めるかが収益性を大きく左右するため、法人向けの福利厚生プランやシニア向けの日中プログラムなど、時間帯ごとの需要を掘り起こす工夫が欠かせません。会員の継続率、一面あたりの一日平均稼働時間、レッスンの受講率といった指標を継続的に把握し、価格設定と運営を機動的に調整していくことが、施設ビジネスとしての安定経営につながります。
日本でのパデル立ち上げの機会と論点
日本のパデル市場は、世界的な拡大の潮流に対してまだ黎明期にあります。コート数は限られ、競技の認知度もこれから高まっていく段階です。裏を返せば、需要が本格的に立ち上がる前に優良な立地と運営ノウハウを確保できる、先行者にとって魅力的な局面だと言えます。ピックルボールと同様、アーバンラケットスポーツとしての共通基盤を活かした横断的な事業展開も視野に入ります。
もっとも、参入にあたって検討すべき論点は少なくありません。第一に、コート建設の初期投資と用地確保です。都市部の地価と限られた敷地のなかで、採算の合う立地をいかに押さえるかが事業の成否を分けます。第二に、指導者とコミュニティの担い手の不足です。競技経験者の層が薄い現状では、人材の育成を事業計画に組み込むことが欠かせません。第三に、認知度向上に向けた体験機会の設計です。初心者が気軽に触れられる導入プログラムを用意し、継続利用へとつなげる導線づくりが求められます。
世界の投資マップが示すとおり、パデルは成熟市場から新興市場へと着実に広がる成長競技です。日本市場はその波が届き始めた入口に立っています。世界で確立された収益モデルを参照しつつ、日本の都市環境と需要特性に合わせて事業を設計することが、これから参入を検討する事業者にとっての要諦となるでしょう。